なんとかって言ったミュージアムに。
沢山目に入れても頭に何も入ってこない。ガラスと人工光が私達を一定の距離をもたらすからかしら。
書というものは文字を超えていた。有り余る、溢れ出る、滲み出る、平面上に最大限に広広とかたちをもってかたをもっていて、何百年も大事にされる紙は不死性さえ連想された。
生きた線。不確かそうで深深してて、なのに落ち着くところに集まった墨は十分に禅的な物なんだろう。
そういうのも、煮詰まって、水に流した後の色。精神の出汁。灰色脳みそ。
アンティーク車の展示の方が、私には血が近かった。