お話をしよう。
物語。
~~~~~
世界には、たくさんの人が居る。其れはもう多くてね、全員の事なんて誰も把握できない。
屹度、神様だって分からないだろうね。
色んな人がいる。
大きな人
小さな人
男の人
女の人
初めて文字を作った人
初めてベーコンを作った人
卵を割るのが得意な人
上手く鉛筆を削る人
歌う人
聴く人
あの人
此の人
君
私
14人よりは、もう少し、もっと多い人がいるね。
~~~~~~
今日は、誰の話にしよう。
ひとが神の存在を認めるまでのお話し。
~~~~~
いずこの空と、いつかの海に。
「もはや汝らは終わりだ。未来永劫、我が影の下跪き、この呪われた土地にしがみついて生を終えるしかない。汝らは歓びともに朝日の登るを目すること叶わず。安堵とともに夕日の沈むを目することなし。これより、汝らは暗黒の中に生き、暗黒の中に死す。哀れなる土塊ども、我が身の不運を嘆くが良い。絶望が汝らの糧となり、死が汝らの安らぎとなる。」
神職による呪いの詞を以て、第一器官の付与が開始される。
・第一器官は遺伝する
・第一器官は発熱する
・第一器官の機能はカロリーを急激に消費する
・第一器官がどれだけ優秀でも、燃料を送る血管の太さと心肺機能に上限がある
第一器官の原則はシンプルだった。人類は一つずつ原則を塗り替えていった。第一器官の後天的獲得、発熱を逃すフィーン機構の付与、超純粋糖の精製、循環器の機械化。平坦な道のりではなかったにしろ、原理的には古い時代の大魔術師相当の術を会得できる段階に至った。第一器官とは、有機物を有機物として生物学的にエネルギーを取り出し、生体電池のように振る舞う細胞器官である。既存の生物学・化学的エネルギー媒体の密度を遥かに上回るそれを実現させる。かつて超常として歌われた個人の持った力(魔法使いは「魔力」、武道家は「気」、術師は「念」と称した)は、斯くして工業化に下ったのである。
実用までの間にあった最大の問題は、ひとがひとである意識だった。手順を守らないと第一器官の活性化は起こらない。つまり、言葉として正確に呪いを掛けなければいけなかった。言語学や認知科学・心理学的検討は重ねられたが、この言葉で正確に機能する理由は終に見出されることはなかった。
時は経ち、科学は考古学へ回帰する。学習飽和時代の到来である。
地中深くの遺跡から発見された英雄たちの遺骸のそれを解析した。古代、彼らが神がかりと呼んでいたものの正体が、自分たちの体にあるナノマシンと全く同じ配列の生体炉を指し、しかし、現代の技術をも凌駕する、意思を持ったかのような完璧な生体構造だったという知見を得る。錬金術師たちが、科学者たちが、追い求めた万物の根源「第一物質」の神秘は、(かつて、プリマ・オルガネラと呼ばれた)第一器官の神秘に相当していた。科学による神秘の解除、神を殺す命の徒花の研究が行われた。人類の発達、魂の喪失・獲得の研究である。
科学者であった依田洋子は思案する。
観察対象被験者である結城智恵は自身の角の手入れを欠かさない。
紫煙が唇からゆるやかに吐き出される。
「体に良くないって、学校の先生たちも、もう吸ってないですよ。」
智恵は小箱から包みを取り出し、琥珀色の小さな練り飴を口に放り込む。最初期の超純粋糖摂取手段であった気化からの肺経由の摂取は効果反映のタームが早い。余計なフィーンが必要になるし、心肺機能への負担から体に良くないという風潮が一般的になりつつも、在野の学士にはこれを好んで続けているものもいる。
「即効性が違うんだよ。フィールドワークの現場じゃ、頭の回転が2秒遅れるだけで見落としが出る。」
「ただの嗜好癖を、もっともらしく言わないでください。」
智恵は笑いながら添加飴の入った紙箱を制服のポケットへ仕舞う。洋子は煙草の箱の中身を数えて、それを使い古した鞄へ投げ入れる。
「依田さんも、汝らは終わりだってやつ覚えてるんですか?」
「あれは免許を持った神職のひとが言わないと意味がないんだよ。私は覚えてるけど。それがどうにかならんかと、智恵みたいなお子さまたちとお話しをするのが私のお仕事。」
洋子が煙草を一度深く吸い込み、天へ向けて薄く煙を吐き出す。肺の奥から駆け巡る超純粋糖の即効性。網膜の裏側の熱が引くと、すぐにいつもの平坦な風景へと戻った。
智恵は皺のない制服のスカートをサッと払うと、丁寧に手入れされた己の角をそっと撫でた。白くしっとりとした光沢を放つその角は、良家の子女としての身だしなみであり、同時に彼女が特別な天然の器官を持ち合わせている証拠だった。
「手入れされた道具は美しいね。無精な私には縁がないけれど。」
「依田さんから貰った油が良かったんですよ、煤なんかもすぐ取れるようになりました。」
智恵は目線を上げて、額の付け根から伸びる白い角を見るような仕草をする。瑞々しいエルフェンバインの質感。何時だかに洋子が言った助言が正常に行われていると、智恵は誇らしげに微笑む。
「尾っぽの成績はどうだい?」尾っぽとは自宅で第一器官から家への逆充電行為のことで、今どきの子供は学生のうちに制御を習う。
「あんなの、眠ったままでも出来ますよ。点数はその、あれ、ですけど。」
洋子は智恵の角を眇める。身体の機能としては勝手に動くくらい自然に働く第一器官、それを支えているのはこの小さい角だけで、実際のところ先天獲得者の寿命は平均して短い。今の倫理では実行できないような延命処置をとられていた時代もあったが、非科学に没する自由を今の彼女は持ち得ない。
「学校の成績は、私なんかから言えば、評価する側の物差しが間違ってるんだけどね。」
「依田さんが私の先生だったらよかったのに。」
「学生時代に教育論は学んだけど、私は教育としてより調査として関わる方が良いと思ったんだよ。」
「なんですそれ。」
「学校の先生方も苦労しておられるってことさ。」
洋子は思う。(なんと憐れな薔薇であろう、まやかしの森で今にも枯れ果てんばかり。水さえあればさぞや美しく咲くであろうに。城の庭に植えたいが、今は手のひらほどの土地も持たぬ身。我らは彼方の土地へ逃れねばならぬ。)
智恵の眼差しに洋子には責められているような気持ちにされる。第一器官万能の世に、この子の未来は、果たしてこの子の居場所は、誰が認めらるるだろう。実験観察者としての立場を離れ、洋子は個人的欲求に基づいて行動する事を想像する。
放任すれば、身を燃やすだろうこの子を籠の鳥にするのは正しいとは思えない。出来るならばこの子には正解を付与したい。
最後の鳥は卵から孵ったあと、水辺に立ち続け空を飛ばなかった。一度も飛ぼうとしなかった。でも、大人になったある日、流星群の降った夜、鳥は飛び立った。
依田家は古い家である。かつて、塔の管理を放棄した姫君の子孫とさるる。不出の知識を抱えて血を繋いできた。科学が古代の神秘に求める答えそのものを持つことは誰にも言ってはいけない秘密だった。
「依田さん、またぼーっとしてる。」
「ああ、ごめんごめん。」
洋子は空咳をひとつして、歩調を智恵に合わせた。
「……それでね、いま私たちが取り組んでる問題は、結局は資源の限界なんだよ。」
「資源? 超純粋糖のことですか?」
「それもそうだし、もっと言えば受け皿の側さ。いまの都市インフラは、市民全員が後天性の第一器官を回して、余剰電力を系統に流すことでとんとんの所で成り立ってる。でも、人工の器官は摩耗が早すぎる。フィーン機構の耐性も、循環器の代替血液も、試算では何十年かしか持たない。」
洋子は無機質な堤防のコンクリートを手で叩いた。
「社会を維持するためには、もっとエコノミーでエコロジーで、安定していて、人間と完全に親和する触媒……言うなれば、かつての錬金術師が探した賢者の石みたいな、完全な安定核が必要なの。それがなんともならないから、現代の工学は人間の心肺を機械で削りながら誤魔化し続けてるんだね。」
智恵は立ち止まり、堀ばたの濁った水面を覗き込んだ。風が彼女の短い髪に触れ、その隙間から覗く白い角に西日が透ける。
「機械じゃなくて、生きてるものそのもので、熱を完全に逃がせる構造……。」
智恵は自分の額にそっと触れ、くるりと洋子を振り返った。その瞳は幻視を宿していた。
「わかりました。わかりましたよ。もっとなじみがあって単純な材料を探しますよ。あ、それって、私の角だ。」
洋子は笑みを怺えて蕩蕩と言う。
「人は本能を克服したときに初めて人となるって、信じる? 子供は苦い物を拒絶をするけれど、大人は選んでそれを口にするって。」(だから、その発想は子供じゃない。)
科学の理で繋ぎ止められるようなものは、密かに倫理の境界線を踏み越えそうになる。智恵が呪いの詞を唱えられるようになってしまうと、色々だめになる気がする、と洋子は考えている。
「ひとには3つの石があって、肢の石は爪、腔の石は歯、窩の石は水晶体という。だから、4つ目の石は、あってはならないもの、疵なのだろう。」
「はい。」
「智恵子さん、お願いがあります。」
「はい。いいですよ。」
「科学のために死んで欲しい。」
やがていつかはあなたの子らにも。