獲得は喜びで、喪失は悲しみ、そうでしょうか。
発達という概念では獲得も喪失も等価的意味でした。
物質という意味合いでは形ある物は何連、と。だから獲得と喪失は同量で保たれるのでしょう。
生は獲得で死は喪失としたらどうでしょう。屹度(永遠など無いのだから)総和は変わらず。
私は今存在している状態です。
同一性について。多くの因子があって、発達的な意味合いでのせいねん期の獲得と喪失がその中でも影響は大きいと思います。
喪失にはいくつか、いくつも分類が出来て、その関わり方もいくつも種類がある。
けれど結局には全ても忘れられずにその人の人格になるのでしょう。
忘れたくない。
私を忘れないで。